新 お気楽日記

日常を徒然なるままに。

感想文

何か作品に触れたとき、どういう感想を持つかは人それぞれで、180度違うことを感じるのもよくあることで、別にそれでいいじゃん・・・と思うんですけど。
自分自身別に違う意見の人を説得したいわけでもなし、同じ意見の人と確かめ合いたいわけでもなし。同じように「面白い」と感じたとしても思うポイントは違っていたりするし、逆に不満な部分も人によって違っていたりするでしょ。分かり合うなど到底無理だと思う。
だったらいちいち感想をアップする必要はないじゃん!とは思わないのです。違う意見を聞いてみたいという欲望がある。自分と違うことを感じている人の感想を読みたい!という欲望。まるで面白みが感じられなかったものでも他人様の感想を読んで「へーえ」と新しい世界を見せてもらうこともあるし。まあその逆もあって、それはそれで面白いと思うのよ。刺激的じゃあないですか。
性格上分析癖があるというか、つまらないものでも一応「なんでつまらないのよ」とか「こうすれば面白くなるのに」とか、挙句の果てには「こういう事情でこうなったのだろう」とかいちいち考えたくなるタイプ。ここまで行くとちょっと性格というより、職業病的な部分もあるんだけども。つまらない映画を褒めちぎらなければならない窮地に追い込まれることとかもあって、そういう時に「これを面白がる人はどこに惹かれているのだろう?」とか考えるから。もちろん署名原稿だったら絶対書きませんけど。まあお仕事なんで。
失礼、話が大いに逸れました〜。
で、あーでもないこーでもないと感想を書いているわけですが、特に俳優さんのファンの方にとっては「あんた本当にファンなの?」と思われるようなことを書いていることも多いでしょう。多分私はオダギリ氏にしても堺氏にしても、そのファンの端っこの方にいるタイプなんですよ〜。ど真ん中じゃないの、きっと。
このところ連続で映画の感想などを書いていたので、そんなことを思った次第で。なんとなく同じ感想を持たないと拙いような雰囲気が鬱陶しいな〜なんて思うのです。
人それぞれだよ、何事も。だから面白いのだよ。